一種のフォーカシング技法として



生きているモノ同士は、何かとても強い反応や応答をするようです。

神道でも生き霊のエネルギーは無くなった方のエネルギーの比ではなくかなり現実的で強いと教えています。

ですから、その強いまま、おっしゃるように、小鳥たちがよってくるように純化することが出来れば、ヒトとしてはかなり有効なエネルギーの使い手になるのではないかと、わたくしは感じております。

「この人に会いたいと心から願っているとよく会え・・・心がどこかで繋がっていて必ず会える。」

<このイメージはとても有効だと思います。



特に自分にとって重要な関係にある相手ですと、このイメージを継続しやすいので、スタート時の総合的なイメージの中から、雑多な信号を取り除くように心の中で努めると、次第にイメージがクリアになっていき、その中から中心の情報にアクセスできる様になります。



この様に一種のフィルターにかけて選別していくと、中心にはさらにクリアで密な情報があり、注意深く観察するとそれらの情報は音声ではない、何か一種の共感のような状況説明を伴う立体映像であることが分かります。



わたくしの場合、フィルターのかけ方は断続的に行う方が楽です。どうもわたくしの現在の状況ではフィルターを連続して使用することに、何か分かりませんがエネルギーのようなモノを消費しているような気がします。



過去や未来の情報であってもそれらは鮮明ですが、特に鮮明であるモノは全体の何割かに限られるようです。しかしこれはわたくしに限っての事であると思います。
わたくしの友人達でこの分野の達人達は未来の情報であっても、遠隔地の情報であっても、その映像をかなり正確に把握します。
その者達の技術では映像情報を受け取るタイムラグが短く、受け取りに要する時間も短い、ということです。

これは、あたかもパソコン同士が通信する場合のようで興味深いことです。



映像情報が断続的に受信されるとき、それぞれの映像情報は折り畳んであるかのようにコンパクトになってこちらへ届きます。
それを受け取りのあと、自動的に脳が元の大きさに展開します。
パソコンと異なるのは、それら映像が3次元であるという点です。
そして、3次元でありながら、その映像内に登場するモノや人物についての説明が同時になされるのです。



わたくしはこれらの様子に極めて近いことが、出口王仁三郎という古神道の大家の記した霊界物語という聖典に書かれていることを最近発見して、感慨深いのです。
それは神界の通信手段に付いての記述です。